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祈りについての思い

Jan 6, 2020

こんにちは。

イラスト書道家の和全です。

 

このお正月に、思ったことを書きます。

昨年の夏、父が急逝しました。

突然倒れて、そのままという

あまりにもショックな出来事でした。

 

今年のお正月は、喪中でしたので

神社やお寺に行きませんでした。

 

そして、行く気にもなれませんでした。

 

人はなぜ祈るのでしょう 神社に行くのでしょう

お正月といえば初詣で疑いもなく行ってたし 割と行くのも好きでした。

特に信仰宗教に入ってるわけでもないけど 祖父も父も神様、仏様への 行事はちゃんとやる人でした。

信心深かった。 毎年山神さまに御供物をそなえてたし うちの中にも神様がたくさんいて

でも、なんでかな、一番大切な人を守ってくれなかった。 じゃあ、なんのために祈るんだろう。

神社に行くことがバカバカしいと 今回は思いました。

甥っ子たちが来てくれて楽しかったけど こんなに泣いたお正月はないです。 嬉しい時こそ悲しくなるんだなぁと思います。 喪中のお正月ってこんな悲しいんだなぁと知りました。

どうしようもない現実を突き付けられた時、 きっと神様を信じられなくなときが

あるんじゃないかとおもいました。

あまりに理不尽 現実は、あまりにも平等すぎて泣けてきます。

いくら祈っても、そうならないときはそうならない。

何のために祈るんだろう。

そう思ってたとき、ふと、

あぁ、何ともならないから祈るんだと 感じました。

この理不尽さの 残酷な平等さのやり場がないから 祈るのかと。

なんか今まで順番間違ってて思ってたなと 願ったら叶う場所ではなくて、 心の支えにもなってくれるとこだったのかと

寄りかかりたかったら寄りかかってもいいし 自分によりかかれるなら行かなくてもいいし の場所なのか。 と、しみじみ思いました。

神社や、お寺はどこまでも受け身

ただ、努力せず、ただ寄りかかりたいだけの人も受け入れてくれます。 そーゆー場所なんだと思いました。 その全てを受け入れてくれるなんてすごい場所だ。

でも、自分が信じられるなら、自分が神社になるんだ。

以前、本のソムリエ団長師匠が 自分自身がパワースポットであり 神社だっておっしゃっていたことがありました。

 

その時は、笑ってしまったけど

こういうことなのかなと思いました。

祈るのは不安だからでもあります。 とにかく心配性だった父 子供の歳が上がるにつれ、悩みが深くなると、 自分で悩みを作っちゃってた父

父が生前、信じられなかったかもしれないけど、 きっと言って欲しかった言葉がなんかわかりました。

「大丈夫」

って言ってあげれれば良かったな。 何度でも。

いつか、自分が神社と思える日が来るかな。

来るような日々が送れますように。

 

と思って描いたマリア